第十三回 「第二部 序文」
■ クリエイターの頭の中で
「器具田さん、新しいオナホの構造を考えたんで聞いてください」
ああ、またコレだ。うんざりというより、危機感といった方が近いかも知れない。
アマゾンをはじめとするweb通販のおかげで、オナホは急速に日用品になった。すでに作り手は、成熟商品であるがゆえの危機に晒されている。
商業的には、手持ちサイズの「普通の」オナホがいちばん難しいのだ。ただの射精用具では、競合が激し過ぎる。
原料も工場もコストダウンのため共通化され、値段は製品重量によってはじき出されるほど定型化される。
まるでブロイラーを工場で育てて肉パックにするがごときビジネスモデルに収まろうとしている。
定型化は新製品の自由度が下がることでもある。メーカーは形状を微妙に変えるだけで新しいと思わせたい。だから冒頭のような相談案件が入る。
そして、ちんちんの神経は微妙な違いを感じられるほど繊細ではない。むしろ素材配合やローションによる性感の違いの方がでかい。
けれど――定型化したら、あとは衰退が待っているだけだ。先の読めるお約束ジョークが面白いか。
「その構造なら量産できると思いますね」と答えてみてから、付け加える。
「オナホって、夢なんですよ?」
オナホの価値を製品重量で決まるものにさせてはいけない。グラム数も価格を割り出してはならない。槇原敬之もそう歌っていた(ヒント : 歌ってない)
何度でも言う。ユーザーはオナホの原料にお金を出しているわけじゃなく、商品がもたらす夢を買っている。
その図式がなくなった時点で、ゴム製品産業になった時点で、オナホ業界は死ぬ。
死ぬなよ、俺が守るから。
多少目先を変えた内部形状にしたところで、買う側にしてみればそれがどうしただろうし、量で計られては夢を提示するクリエイターの存在が無視されている。
第一回で「背景を説明しろ」って書いたじゃん。
でも夢って何だっけなあ、人それぞれだしな。
「うわーめっちゃ迷走してる、考え過ぎっすよ!」
いや、ワタシ自身も「ただの射精用具」を求めていたんだ。射精用具自体が夢だったから。
夢は叶ったのか?
■ 見た目だけのマンコ模型
1975年あたりだったと思う。まだオナニーも始めていない、完全なコドモだったワタシは、東京・渋谷の道玄坂を歩いていた。母の仕事が忙しく、夜は外食になる日だった。
通りに面してショーケースがある。
人通りの多い場所なのに、堂々とディルドとオナホが並べられ、ライトアップされていた。
オナホもけっこうグロテスクで、ビラビラまで造形してあったり植毛されていたと思う。
※ウレタンスポンジ製の「夢まくら」、発売年・メーカー不詳。こんな感じの製品だったかな、もっとひどかったかな。
「うわ、キモチワル」と母は言った。コドモにエロいものを見せるなとかいう変な戒律は、幸いにも我が家には無かった。ただ美醜を言えば、醜い。
その年齢なので用途はわからなかったが、人工性器だとは認識できた。小汚い造形だったから、ワタシも単純にその通りだねとしか思わなかった。見せ方からしても悪趣味な見世物に過ぎず、フェティッシュな美も感じなかったし、もしかしたら実用にもならないエロ置物だったかも知れない。
ワタシの曖昧な記憶を引っぱり出すと、この道玄坂の店が最初だ。まだ風営法が無かったとかゾーニング規制とかいう以前に、今思えば不特定多数の通行人に性器模型を晒すのはかなりパンクだわ。
ここに「すじまんくぱぁ」なんかが飾られていたなら、そして誰でも触ってくぱぁしてもいいお試し状態だったなら、ワタシの人生はもっと変わっていただろう。
残念ながら当時は現実の成人女性の汚い性器を再現することが目標になっていて、あこがれの対象にはならなかった。
やがて小学3、4年くらいになればオナニーを覚える。
カワイイ女の子の写真につられて、エロ雑誌をゲットした。当時は成人向けの定義からはみ出したようなサブカルっぽいエロ雑誌が流行っていた。
童貞だとか非モテだとかを煽る雰囲気があって、性行為に至れない男の子は恥だとか、性行為をするためのノウハウ記事とか、性を均質化させようとする圧力を感じた。百歩譲って奴らの記事どおりにしたら、何かの法律に引っかかる架空のクソ物語だ。
写真の女の子は実在するけれども、自分が体験する可能性は全否定されている。一切助けない。そもそも、ポルノとはそういうものだ。
そんな制限下のオナニーで、女の子とアレコレする脳内再現をしろといわれても、まったくイメージが広がらないし楽しくもなかった。見せびらかされるほどに自分の無力さと恐怖が響いてくる。二次元ネタでも、脳内でキャラクターを動かすのは無理があった。結局、人付き合いのスキルが要る。配慮もできないし強く相手に要求することもできない。
一方で、風俗店にイメージプレイの台本を持ち込む人がいるという。別世界なのはセックスだけではなかった。オカズで遊ぶという行為も、またある種の才能であった。
最初の敷居をまたげなかったワタシは、セックスどころかオナニーに対しても恐ろしく遠回りをすることになる。
ワタシは、単なる機械的なオナニーに注目した。
人体の機能、ちんちんへの刺激方法に集中するのだ。上下にこするのがいいのか、回転させるのがいいのか、玉袋は気持ち良さに関係があるのか、逝ったあとも我慢してこすり続けるとどうなるか、などなど。
モテないからとか、童貞という概念を誰かに植え付けられ煽られているのでもなく、純粋に自分のちんちんを刺激する、快感を誘発する機能を持った未知の生体器官=マンコへの幻想がある。はたして、ちんちんが最も気持ち良くなるように最適化された形で女性に備わっているのかどうかもわからない。わからないならば、道具で快感を得られないだろうか、と考えた。未知の穴に入れれば、未知の快感が味わえる。
この観点では、まずちんちんを気持ち良くさせるのが目的。マンコの外側は考えに入っていなかった。誰のマンコということでもなかった。
ただ、オカズとしてマンコを鑑賞するなら、見た目の美しさが重要。理想は小学生の清潔なたたずまい。毛むくじゃらよりはツルツルであってほしいし、ビラビラよりは一本スジが閉じていてほしい。
マンコの内側はどうなっているのか。医学書の図解やエロマンガの断面図はデフォルメだから信じない。
ワタシがクスコで膣内をさらけ出した写真を見たのは遅く、二十代後半になってからだった。
———————————-
(カコミ 実在人物の内部構造とは)
AV女優を使ったパッケージのオナホは「本人型取り!」とか「完全再現!」と威勢がいい。
しかし、もしその女優に陰毛があったらフェイクだ。陰毛が生えていたら地肌の形が取れないはず。
内部構造まで再現となると、信憑性はほぼゼロだ。見た目のヒダヒダ具合がそっくりとかいうのと、ちんちんを入れた感じがそっくりなのもまた別の話だろう。
「神器 北川エリカ」(トイズハート、2014年)
※女優をフィーチャーしたオナホの例。内部・外観ともにイメージであって、本人の形状を転写したものではない。
数年前、ワタシがかつて書いていた雑誌の担当編集者が、同じ編集部の女性の部下と職場結婚した。
そこでもワタシはオナホールの記事を書いていて、よく本物のマンコと比べてどうかという話になった。
「本物のマンコはヒダもイボもないよ、ツルツルだよ。ミミズ千匹なんてネタだよ。嫁さんそうだもん」
衝撃を受けた。
実際のマンコの話に衝撃を受けたのではない。
ワタシも原稿渡しなどでその女性編集者と会うんだから、今度会ったら「あ、ツルツル内部の人だ」とか思っちゃうじゃないか、ということである。
マンコは単独で存在するかぎり、それほどの破壊力はない。下ネタで笑い飛ばせるレベルだ。うんこちんこまんこの小学生だ。
これが特定されたある一個人の臓器としてのマンコとなると、全然シャレにならない。性行為のイメージとまったく結びついていなかった女性編集者が、「ツルツル内部」というキーワードで瞬時に直結してしまう。衝撃もすごいが、まったく欲情に結びつかないのに衝撃だけがすごいという事実にまた驚く。そして萎える。なんかごめん。
内部構造も個人情報なんだな。究極の個人情報。知っている人と紐付けられるととたんに生々しくなる。
そして本人にツルツル内部とか言うと、エロ雑誌の編集であってもセクハラになるんだろうか。未だに答えが出ていない。
そんな構造を完全再現できたとして、オナホを使うと本人とセックスしたのと同じことになるのだろうか。哲学的な問いにもなる。
それどころか、オナホとパッケージキャラクターが超科学的な力で連動していて、オナホを使うと本人が悶えるという設定を訴求するメーカーさえあるのだ。
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- 器具田こする教授
- ラブドールとオナホールのR&Dアートユニット「器具田研究所」を運営。メーカーへのアドバイスや技術協力といった説明のしにくい業務でオナニー業界の異常進化を支えている。http://www.kiguda.net/
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