第二十二話

 

 

 個人タクシーの運転手が思い切りブレーキを踏むと、ABSの作動したクラウンはカクンカクンと振動しながら停車した。

 だが、それは人を撥ねた後だった。

 言問通りと国際通りの交差点のほぼ真ん中に、チェックのシャツを着た男が頭から血を流しながら俯せで倒れていた。

 5分後、救急車が到着した時には、まだ脈はあったが、病院に着くと、すぐに死亡が確認された。

 吉原の店を出た有田は、千束通りの『末っ子』でギョウザをつまみにビールを飲みながら、平松からもらう予定の2千万円を何に使うか皮算用していた。

 有田が『末っ子』を出て、最後に見た月は、南から西にかけての空に明るく輝いていた。

 3411号室のドアを内側から開けたのは、ゆきだった。

 ドアの前に立っていたのが京華であることは、一瞬にして分かった。

 その一瞬の間に、ゆきの頭の中では、そこに京華が立っている正しい理由を求めて、様々な憶測がグルグルと循環した。

 キャバクラに忘れ物をして、それを届けに来てくれたのか。そうならば、京華は自分の後をつけていたことになる。いや、途中で自分は女装しているから分からないはずだ。もしかして、京華が、先生の言っていたマゾ女なのか。『アルハンブラ上野』での撮影の時、京華はたしかに自分のことをMだと言っていた。だとすれば、これから京華とセックスできることになるのか……。

 ゆきは、黄金に輝く幸運の矢が、自分の脳天に突き刺さったように感じた。

 京華は少し下を向いて、もじもじしながら部屋の中に入ってきた。

 「ちゃんとツルにしてきたかね」

 奥のほうから、全裸で下半身を勃起させたままの「先生」が聞くと、京華は、「はい」と答えた。

 「ゆきさん、その子のスカート捲ってごらんなさい」

 ゆきは言われた通りに京華のレースのフリルが付いた水色のミニスカートをそっと捲る。

 そこには、一本の筋がくっきりと見えた。小高い丘に刻まれた深い谷のようでもあった。

 「ちゃんとノーパンで来たんだね。偉いよ、変態ちゃん」

 「先生」は、自分のイチモツを握りながらそう言った。

 「じゃあ、京華ちゃん、次はあなたが、その女の子、あっ、ゆきさんって言うんだが、その子のスカートを捲ってみなさい。スカート捲り大会だね、ほほほほ…」

 「先生」の大きな笑い声が止もうとした時、京華はゆきのスカートをそっと捲り上げた。

 その下でそそり立っていたモノは、先端から粘液を滴らせていた。

 京華は、あるはずのないものが、そこにあることに驚き、

 「あっ」

 と、悲鳴にも似た小さな声を上げた。

 「今日はその女の子のモノでグチャグチャに突き回してもらうんですぞ。私のこれと交互に抜き差ししてあげるから」

 「先生」の口から出た願ってもない言葉に、ゆきのイチモツはビクンと活きのいい魚のように跳ねた。

 有田は金を払ってソープに行き、今日のモデルとセックスしたのだろうが、自分はタダで同じ現場に居たモデルとセックスできる。

 女とのセックスという点で有田に勝つことなど、男の柏木には死んでもできるはずのないことだった。

 兄から受け取った2千万円を紙袋に入れた平松はタクシーで浅草ビューホテルへと向かった。

 それと交換に、有田が持っている脅しのネタを全て渡してもらう約束だった。

 言問通りは、日光街道を越えた辺りから、深夜というのに渋滞していた。

 遠くにパトカーや救急車のものらしい赤いランプが幾つも見える。

 「事故みたいだから裏道抜けて行きますね」

 タクシーの運転手は、ルームミラー越しに平松を見てそう言った。

 平松は脇に抱えていた紙袋をぎゅっと抱き締めて、

 「ああ、そうしてくれ」

 と、答えた。

 ビューホテルのロビーに有田の姿はなかった。時間通りに金を持ってこなかったらすぐに画像をネットに流すと脅されていた平松は焦って有田の携帯に電話したが、「こちらはNTTドコモです。お客様のお掛けになった…」というアナウンスが流れてくるだけだった。

 「京華ちゃん、それ握ってみなさい。そうそう、その大きなペニクリ」

 「先生」に言われた京華は、ゆきのイチモツをそっと握り締めた。

 男の手とは全く違う、柔かくて繊細なものがゆきの勃起を包んだ。

 余りに嬉しくて、ゆきはそれだけで射精してしまいそうだった。ゆきのイチモツが赤黒いせいもあってか、京華の手がとても白く見えた。

 

meisou22

 

 

志井愛英
小説家。昭和41年生まれ。同性愛者、風俗嬢、少数民族、異端芸術家など、マイノリティを題材にした作品が多い。一部の機関誌のみでしか連載しておらず、広く一般に向けた作品は本篇が初。

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