第四回 「1997年(2) ~『スピード2』ヤン・デ・ボン~」
――見てよママ。こんなにおっきなキノコ雲をこさえたよ。こんなにおっきなキノコ雲を。(ヤン・デ・ボン回顧録 『海と爆薬』序文より)
名前からして既にキナ臭いヤン・デ・ボンはハリウッドきっての火力派である。走る爆弾と化した大型バスを燃料満タンのジャンボ機に突撃爆破したデビュー作『スピード』のパワープレーが余りにも有名だ。加減を知らない純真無垢な爆破の鬼。キノコ雲をストイックに追い求めるその執念においては、オッペンハイマーと肩を並べる唯一の男といっても過言ではない。
まずは『スピード』の爆破シーンをおさらいしてみる。
▲爆弾を搭載したバスと燃料満タンのジャンボ機、運命の出会い。
▲間一髪でバスから脱出した乗客たちもこの表情。
以下、キノコ雲を追いかけてカメラがパンする様子。凶暴な純愛が垣間見える。
▲「異常な状況下で結ばれたカップルは長続きしないんだ」「それじゃあ、セックスしましょ」謎のロジックが話題となった名台詞がラストを飾る。
巨神兵よろしく世界を火の海に変えるただ一人の発破師としてファンの期待を一手に担ったデ・ボン。『スピード』で大ブレイクした後はスピルバーグ製作の災害パニック『ツイスター』を手堅くヒットさせ、そのキャリアは順調かに思えた。だが、終わりは突然やって来る。空前の製作費を投じた『スピード2』の記録的な大赤字である。
巨大な港町のオープンセットに豪華客船が突っ込む圧巻のクライマックスが話題となった本作。だが、「スピード」と冠しておきながら総重量10000tの豪華客船というスピード感の欠片もない舞台設定は余りにも痛かった。レビューは酷評に次ぐ酷評で、デ・ボンのキャリアは一瞬にして消滅する。デビューから僅か3作目でのことである。
▲キアヌ・リーブスに代わり主演を務めたジェイソン・パトリック。本作の大コケで出演オファーが一気に途絶えた。
その後、デ・ボンは『トゥームレイダー2』を最後に監督業を凍結している。レニー・ハーリンの場合にしてもそうだが、爆破への愛情と売り上げは必ずしも比例するとは限らない。マイケル・ベイのように客のニーズを把握できる火力演出家は稀有な存在なのだ。
筋金入りの火炎人が為すべきはただ一つ、キャリアのピークで最大限の火力を発揮すること。ハーリンは『カットスロート・アイランド』でそれを達成し、デ・ボンの場合は『スピード2』というわけだ。奇しくも双方共に海洋アクションというのも偶然ではないだろう。海の青と炎の赤、シンプルにして最高峰の爆破色彩学である。
それではご覧頂きたい。そう、あのタンカー大爆破である。『カットスロート・アイランド』より洗練された船体爆破の様式美。『スピード』を凌駕する最大火力。そして、やり過ぎとも言える爆発雲への偏執愛。『スピード2』は紛れもなくデ・ボンの集大成であり、人生そのものである。「腐ってやがる・・・早すぎたんだ」まさにこの言葉が相応しい壮絶な最期であった。
花は散り際が一番美しいと言う。惜しい才能を無くした、などと嘆くのはヤボというものだ。ちなみにハーリン最後の秀作『ロング・キス・グッドナイト』も97年の作品。さらに言えば、マイケル・ベイが『アルマゲドン』でCGと爆破の融合を試みたのが98年。そして99年にはあの『マトリックス』が公開され、CG映画の時代が本格的に幕を開ける。巨匠達のターニングポイントは、まさにこの時期にあったのだ。
ツイート- 発破爆破ノ介
- 『バックドラフト』を観たあの日から、爆発映画の虜になって云十年。CGがはびこる現代に『本物の爆発』にこだわる求道者。モチロン携帯着信音も爆発音。
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