第二回 「石岡の名無し沼」

1.今回の沼
死の先触れなのか、沼への思慕が日々折り重なっていく。
今回は往年の沼筋仲間・N氏(58)から情報を得た。

numa02_01

彼は気軽で、蝶ネクタイ、それに角ぶち眼がね、頭のはげあがった元気な紳士だ。信用に足ることからさっそくその地へと足を伸ばすことにした。

2.沼に呼ばれている
場所は茨城県石岡市。

新宿からJR山手線で上野まで約30分、そこから常磐線に乗り換えて約1時間30分、さらにバスで15分。

常磐線の我孫子駅を過ぎたあたり右手に目を凝らすと、沼マニアの間では知らぬものがない「AH」(いずれこのコラムでご紹介したい)などたまらない沼が窓を過ぎ去っていく。

「石岡」という名前にピンときた方は、沼に呼ばれていると思って差し支えない。というのも、西浦・北浦・常陸川などの水域の総体である「霞ヶ浦」(湖)がほど近いことから、日本でも有名な沼スポットが石岡なのである。

 

numa02_02

ゴールデンウィークだというのに駅前は閑散としていた。街全体が老人ホームといった安穏とした雰囲気がかえって心地よい、なので2時間に1本のバスを待つ時間もすぐに過ぎ去っていった。

数名の老人が無言で乗りこんで、バスが動き出すとキュッキュッと鳴きだしていた。イスのバネが揺れに合わせて小動物のような声を出すためであった。9月に行われるお祭りだけが有名らしく、獅子頭のイラストやオブジェがうっとうしくまとわりついてくる。

numa02_03

numa02_04

numa02_05

▲道端にある道祖神を奉った祠がバスに乗る老人達の死を歓迎しているように感じた

 

numa02_06

▲道すがら望む筑波山。西の富士、東の筑波と称される男体山(標高871m)と女体山(標高877m)からなる性的なシンボリックの名山。しかしどういう訳か、女体山のほうが6mほど高い。

筑波山で行われていたとされる「歌垣」(かがい)と呼ばれる呪術的風習を詠った箇所が万葉集にある(第9巻1759番収録の高橋虫麻呂作の歌)。

(現代語訳)
鷲の棲む筑波山の裳羽服津の津のほとりに、
男女が誘い合い集まって、舞い踊るこの歌垣(かがい)では、
人妻に、私も性交しよう。我が妻に、人も言い寄ってこい。
この山の神が昔から許していることなのだ。
今日だけは目串(めぐし、不信の思いで他人を突き刺すように見ること)はよせよ、 咎めるなよ

(ウィキペディア「筑波山」参照)http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AD%91%E6%B3%A2%E5%B1%B1

なんとおおらかで懐の深い風習がかつてあった地であろうか、境なく交姦しあってたわむれ悦ぶ当時の人々の姿がのびのびと詠われている。妻と人妻と祖先と沼と私が混ざり合って放出された汁が、ふもとに流れるやじくじくと滲み出て無数の沼が形成されることを想像し、言葉にならない興奮を覚えた。

3.名前のない沼
塚原という停留所でバスを下りると、民家がぱらぱらと固まったような集落がある。
N氏に教わった沼へと続く細い路地を入っていくと、軒先からジロリとこちらに迫る目線がきた、汚いものでも見るような排他的な目であった。

numa02_07

▲少年達が沼に釣り糸をたらす。けれど沼には一切魚の気配はなかった。もはや私には見えなくなってしまった魚なのか…。

 

 

numa02_08

 

numa02_09

numa02_10

numa02_11

numa02_12

 

名無しの沼にじっくりと目をやる、沼と地の境界線から生える古木、ドロのように濁った水(軽度)、なかなか趣のある沼である。沼面に顔を近づけると、N氏の顔が映って口癖の「御婦人には靴を売ってはいけません-美しいおみ足をお売りなさい」を、にやにやしゃべりかけてきた。

沼は私の心の深みにあるものを、私に気づかれないように、しゃべらせてしまうのであろうか。

4.周辺を歩く
ちょうど小学校の低学年ぐらいの少年数名が釣りをしていた、その私の目線のさらに背後に、粘着的な軒先からの目線を感じた。

追い立てられる形となり調査を切り上げて沼の横にある薄暗い坂道を上っていくと、沼と視線を眼下に見おろせる位置に出た。「廃棄物不法投棄禁止」という看板が立ち、冷蔵庫やら洗濯機やわけのわからない細長くて白いものが沼のすぐ近くの傾斜に散らばっている。雨が降ったなら、そういったゴミから滲み出す汁も沼に流れ込んでいくのであろう。

numa02_13

numa02_14

▲沼の脇の小道を進むと、大量の鳥の羽が道に落ちていた。肥料のような変死体のような匂いがあたりに漂っていて、突然、鎌を持った村人に襲われて鳥として処理されてしまいそような、なにかしら良からぬ空気が漂っていた。

 

numa02_15

▲集落には「沼田」という苗字が目につく。かつて、このあたりにはもっとたくさんの沼があり、それを水源とし田を開いていった歌垣の末裔たちの苗字なのかもしれなかった。

 

沼の神が昔から許していることなのだ…

新宿へ向かう電車のなか、身体から少し離れたところに目線が抜け出てしまったようになって、あの言葉を繰り返しぶつぶつとつぶやく私の姿と、その私に目串を向ける周囲を見ていた。

沼田小三
沼田小三(ぬまたしょうぞう)。古希に近づく昭和生まれ。日本各地の沼を巡る沼研究の第一人者。新宿区在住。

日本の沼記事一覧

カチカチ丘コラム一覧