第一回 「爆破に人生を捧げた男」
爆発シーンは定石として、次のシーンへとつなぐ潤滑油の役割、あるいは客を緊張状態から解き放つカタルシスの役割を負っている。つまりはストーリーの引き立て役だ。
ところが、爆破を引き立たせるためにストーリーを紡ぐ本末転倒な映画人がいる。
レニー・ハーリン監督だ。
何ら文脈的意味を持たない爆破を多用し、観客を呼吸困難に陥れる呆れたナイスガイであり、このテーマを語る以上、必ず抑えなければならない爆破映画の巨匠である。
・乗り物は爆破するために存在する
それがハーリンの哲学だ。車だろうが船だろうが飛行機だろうが、とにかく爆破。ハーリン映画の乗り物たちは常に燃料満タンで最期の時を待っている、実に健気な存在なのだ。その勇姿に敬意を表し、ここでは氏の代表作『ダイ・ハード2』『クリフハンガー』の爆破シーンを紹介したい。
『ダイ・ハード2』
こちらはスノーモービル。ニトロでも積んでいたのか、辺りは火の海に。
『クリフハンガー』
またもやジャンボジェット。よほど好きなのであろう。
こちらはヘリコプター。別に爆弾を積んでいたわけではない。が、この有様、この火力。
・一人一爆
それがハーリンの哲学だ。氏の映画において、登場人物たちは常に火種を探している。爆弾があればタイマーを起動し、燃料が漏れていればライターを投げる。映画ではおなじみの行動でも、ことハーリンの作品においては意味合いが違う。
それは、キャラそのものが「爆破から逆算された産物」である点。
キャラが爆破を起こすのではない、爆破がキャラを起こすのだ。
例えば、絶海の孤島と化した(もちろん原因は爆発)海洋研究所で巨大ザメとバトルするパニックアクション大作『ディープ・ブルー』の1シーン。飼っていた鳥を食い殺され怒ったコックが、死闘の末、ガスオーブンにサメを閉じ込める。そして――。
2、十分に距離を取り、「鳥の仇だ」と叫びながらオーブンに投げつけます
一見ありがちなシーンだが、舞台はサメのプロフェッショナルが集う研究所。序盤はモブキャラ扱いだったコックが、まさか最初の一匹目を仕留めるとは誰も予想し得なかったのである。しかし、海に沈み行く研究施設という極端に火種の少ない環境において、キッチンは最も身近な「火薬庫」。その番人たるコックの活躍は、ことハーリンの映画においては必然であった。スティーブン・セガール以来2人目となる「レンジを爆弾に変えたコック」は、こうして生み出されたのである。
また、ハーリン作品ではただの爆弾要員、「着火マン」がまま見受けられる。彼らはことごとく爆破のためだけに存在し、文字通りぶっ飛んでいる。
例えば伝説の(理由は後述)海賊映画『カットスロート・アイランド』に出てくるこちらの男。
その実、捕らわれの身となった女キャプテンを助けに現れた泣かせる部下。
謎の重火器をぶっ放して敵をかく乱する作戦に出たは良いが、
この映画には他にも、女キャプテンを追う海軍の着火マンが登場する。
・金は火薬なり
それがハーリンの哲学だ。『ダイ・ハード2』では本物のジャンボジェットを買い取り爆破して見せた「本物主義」のハーリン。そんな氏が『ダイ・ハード2』『クリフハンガー』の成功で勝ち得たビッグビジネス、それが先述した『カットスロート・アイランド』である。
この映画でハーリンは、伝説となった。
製作費は当時としては破格の1億ドル。氏は撮影に際し、何と実物大の海賊船を一から作り上げ惜しげもなく爆破解体するという、アメリカンドリームを実現したのだ。
しかも主演は、当時の妻であるジーナ・デイビス。すべてにおいてハーリンのやりたい放題で製作は進められた。
それでは、実際にご覧頂きたい。
これが、映画史上類を見ない最大級の爆破シーンである。
筆者は初見の際、愕然とした。映画史上最大級を謳う爆破シーンにも関わらず、凄まじい量の破片と極端なヨリとヒキのショットの連続で、何が何だかよく分からないのだ。
最後の猛々しい黒煙だけ見ればその凄まじさが実感できるのだが、もはや後の祭り。
ハーリン哲学の集大成となるはずだった巨額の爆破シーンは、かようにして幕を閉じた。
全てが規格外の爆破においては、安全面での制約等、多大な障壁があったことは想像に難くない。それが祟って、適切なカメラ位置を見誤ってしまったのだろう。
失敗に終わった大爆破が象徴するように、映画の出来自体もグズグズ。かくして、世紀の迷作『カットスロート・アイランド』は、興行的にも大コケ。製作費の10分の1程度しか回収できず、制作のカロルコ・ピクチャーズを倒産に追い込んだ。この記録的な大赤字は何とギネスブックにも載ってしまったほどで、トホホ映画の代名詞として今日まで語り継がれている。
だが、再び愛妻と挑んだ次回作にてハーリンは汚名返上を果たすこととなる。
そして、ハッキリ分かるのだ。氏が妻よりも爆破を愛していることを。
・それでも爆破はやめられない
それがハーリンの人生だ。満を持して紹介したいのが『ロング・キス・グッドナイト』、ハーリンの作品史上最高と謳われる爆破シーンがウリのアクション大作だ。
400万ドルという当時最高額で落札されたシェーン・ブラック(『アイアンマン3』『リーサル・ウェポン』シリーズ)の脚本も話題となった本作。テンポの良いストーリー展開もさることながら、見せ場は何と言っても最後のナイアガラ大爆破だ。アメリカとカナダの国境を舞台に繰り広げられる壮絶な死闘の末、熱爆弾が炸裂。橋もろとも木っ端微塵に吹き飛ぶ大迫力のシーンである。さすがに本物とはいかずミニチュアでの撮影となったが、その美しさは他のハーリン作品を圧倒する。
舞台となった通称「ハネムーン・ブリッジ」。国境をまたぐ美しい橋だ。
こちらが熱爆弾。実に分かりやすいタイマーが魅力だ。そして――。
豊富なアングル、ミニチュアと感じさせない迫力と火力。ダメ押しは燃え盛る車が降り注ぐ「車爆弾」。実にハーリンらしい、宴会後のラーメンのような満腹必至の締め方である。
この映画を最後にハーリンはデイビスと離婚。その後は『ドリヴン』『ディープ・ブルー』といった中規模爆破映画を送り出すも、かつての勢いは感じられなかった。「予算を与えれば爆破に費やし大コケ、爆破がなければまともな映画が撮れない」そんなイメージが定着してしまったハーリンは、静かにハリウッドからフェードアウトしていった。
それでも、全盛期の華麗な爆破の数々は、今日もどこかで映画通たちの酒の肴となっていることだろう。

- 発破爆破ノ介
- 『バックドラフト』を観たあの日から、爆発映画の虜になって云十年。CGがはびこる現代に『本物の爆発』にこだわる求道者。モチロン携帯着信音も爆発音。
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