第七回 「沼津・柿田川湧水群」
1.沼津へ
私の生命の発生、生命の始まりのことを思うと、沼のことしか考えられなくなっていった。
八幡の藪知らずに赴いてから、しばらく常宿となっている修善寺温泉の「白壁荘」(通称=神隠しの宿)で休養をとらせていただいていた。
宿の敷地で発見された巨石を彫ったという湯船につかり、白壁荘の宇多氏がしきりに薦める「沼津港深海水族館」が気になりはじめていた。
▲問いかけの装置を頭に埋め込まれて、沼をうろつく老人が私であった。場所は沼津のアーケード名店街。
それに、「沼」の「津」という名前が気にかかっていた折。温泉頭となって「沼津」を訪れたのだった。
2.アーケード名店街
沼津駅の南に少し離れて位置する「アーケード名店街」。かつての高級商店の並ぶ通りの風景は、沼に近い風情を醸し出していた。
▲アーケード名店街で立ち寄った喫茶室の様子。そことはなしに沼の雰囲気が漂う。その雰囲気がマニアを呼び寄せるのか、客足は途絶えない。壁には花の写真がかかっていた。
山と海に囲まれた景勝地には沼は存在しないのではないか、という気がかりを残しながらシーラカンスを見ていた。
▲沼に生息してほしい海洋生物。右上のアベックにジッと目を凝らしていると、背後に視線を感じたので振り返ったが、細長いものを手にした少女がミュージアムショップを出たり入ったりしきりに往復しているだけであった。
タクシーに乗り込み沼に関する情報を得ようとするが、沼津一帯の生活水を供給しているとされる「湧き水」の出る場所しか知らないとの由。
「湧き水」というキイワードは私をげんなりさせたが、運転手の「…認識してさ」という口癖に一縷の望みを持って、その地を今回の目的地へと定めることにした。
あたりは暗くなりはじめ、交通量の多い道路に足止めをくい、自転車に乗った学生が私の横を連続で通り去っていく。
▲シーラカンスの脳は5gくらいしかないという。足の痺れに気をとられて目をくるぶしにやって戻すと、先ほどのはなやぎは去っていたので、気のせいだったのであろう。
いずれにしても、その地にいけば「沼津」の由来といったものを感じられるのではないか。
沼でなかったとしても、その対象となるものが沼でないことを認識できるのであれば、その「沼ではないもの」から沼を浮き彫りに出来るようになるのだと思うことにした。
3.柿田川公園の湧き水群
行き着いた地は沼津地方の水源とされる「柿田川公園」であった。
*地図は「清水町商工会」ホームページから引用
(http://www.kakitagawa.or.jp/kakitagawa/access.html)
▲暗くなり始めた頃に到着した柿田川公園の様子。車が一台も止まっていない公園の駐車場にアベックの姿はなかった。
誰もいない公園、草をむしり清流に落とすと、近くを流れる柿田川に向かってさらさらと流れていく。その姿を見ていると沼津地方の子守歌といわれる「ねんねんころりよ おころりよ」が頭のなかに聞こえた。
ねんねんころりよ おころりよ
ぼうやはよい子だ ねんねしな
ぼうやのお守りは どこへ行った
あの山こえて 里へ行った
里のみやげに 何もろうた
でんでん太鼓に 笙(しょう)の笛
(「しょうの笛」は「笙の笛」?
http://gagaku.okunohosomichi.net/syonofue.htm)
▲ここには湧き水が形成する綺麗な湿地帯しか存在しないということがはっきりしてきた。
訪れたのが日没の頃合いということもあり、湿地独特のまろまろと眠くなるような雰囲気はあっても沼の景観からはほど遠いことが分かった。
▲こんこんと湧き出ている清水。見た目は清正の井戸に瓜二つであるようだが、暗くてよく分からないことに加え、興味がないため足早にその場を立ち去った。
あたりが暗くなるとニンジンをぶら下げられた馬のように、頭から沼をぶら下げられているような惨めな気持ちになっていった。
それでも円を描くようにぐるぐると追い回せば、いつかこの体と沼に追いついて、渾然一体のバターとなるかもしれない。そうした縋る気持ちから、私を執拗に追い回しながら、いつだってあなたを見ている。
(参考動画/YouTubeより「世界文化遺産 富士山から湧き出た「柿田川湧水郡2013」 HD1080p」)
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- 沼田小三
- 沼田小三(ぬまたしょうぞう)。古希に近づく昭和生まれ。日本各地の沼を巡る沼研究の第一人者。新宿区在住。
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