第四回 「早稲田の『お化け沼』」
1.早稲田の「お化け沼」
新宿伊勢丹の惣菜コーナーで、旧友のTと数十年ぶりに出くわした。
パッと見、60代にも見えるであろうか。変わらず蛇革のハンドバッグを小脇に携えたスーツ姿は江戸前である。
ラウンジで早稲田の「お化け沼」の思い出話に耽った。
都電荒川線の面影橋から徒歩1分ほどの地にある「水稲荷神社」(新宿区・早稲田)。その神社の隣にはひっそりとした沼があった。
▲写真の沼はイメージです。(映画「ラビリンス」監督/ジム・ヘンソン)
▲都電荒川線の面影橋あたりの風景。車、人、電車がせわしく行き来していた。
今回は早稲田の地にかつてあり、年少の私とTが「お化け沼」と呼んだ沼の跡地に足を伸ばすことにした。
2.いわくつき
ちょっとした森の景観を作っている「水稲荷神社」。その周辺にかつてあった沼、いつも暗くジメジメしてまるでお化けでも出てくるような、おぼろげな記憶だけがかすかに残っている。
▲参道の目の前に建つ立派なマンション。マンション脇のひっそりとした路地を行くと「水稲荷神社」に辿りつく。
▲「お化け沼」は数十年前に埋め立てられたようで、現在は甘泉園にちなんだ名のついた公務員住宅や立派なマンションがその跡地に建っている。
だが、地の因縁というものはそうそう消えぬものか「いまでもあたり一帯はうらさびしい雰囲気を漂わせている」との由(T談)。
▲「冨士塚」。それに、甘泉園公園の池。この他にも、かつては周辺に沼地があったように記憶するのだが…。
ちなみに水稲荷神社は、眼病・水商売・消防の神様として有名である。
境内には江戸中最古の冨士塚の移築もある。1788年には、「江戸の水稲荷」を名乗る翁が現れ、京都御所の大火に功績を認められて「関東稲荷総領職」を賜るといった謎の多いエピソードが伝えられている。
▲早稲田通りへと続く道からの「水稲荷神社」入り口。
(甘泉園公園 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%98%E6%B3%89%E5%9C%92%E5%85%AC%E5%9C%92)
3.穴があった地
「水稲荷神社」をあとにして早稲田通りに出たところを左に折れて、神楽坂方面に歩く。
▲早稲田大学が近くにあることから、若い女性の姿が目につく。
(穴八幡神社 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A9%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE)
しばらくいくと、鮮やかな鳥居の「穴八幡神社」が見えてくる。1641年、このあたりの山裾を切り開いたところ「神穴が出現」したとある。穴の中から金銅の御神像が現れたという話もあるが、それは事実を隠蔽する際に使われる手法のように思われる。
▲はたして「神穴」とはどのようなものであったのか。
「穴」が名の由来となったことからして、人を引きつけるような穴であったことは間違いないであろう。もしかすると、縄文時代にアブノーマルな祭祀が行われていたことを示す痕跡も残っていたかもしれない。
そうした自然が生んだ奇異な景観(巨石・割れ目・水源地・縄筋など)は、古来から人間に強いインスピレーションを与えてきたようで、八百万の神が降りふる場所などと考えられてきた。
▲穴、神社、沼…その繋がりはいかに、考えながら早稲田通りをさらに進む。
4.お化けの私
▲早稲田通りをわき道に入ると、古めかしい風情を今に残す「早稲田小学校」が見える。
「穴」好きが高じてか知らん、このあたりは夏目漱石が晩年を過ごした地としても有名である。
▲「漱石公園」という小ぶりな公園があった。「猫塚」と呼ばれるという石塔は、いかにも「吾輩は猫である」を思い起こさせるが関係は薄いらしい。
公園をあとにし、弁天町交差点の埋蔵文化財の発掘現場、夏目漱石の小説の題となった魚屋「三四郎」を過ぎたころには夏の暑さからくる疲労と汗とでビショビショになってしまっていた。
▲夏目漱石の小説の題となった魚屋「三四郎」さん。
たまらず近くの中華料理屋に滑り込み冷やし中華をすする。人懐っこい猫が、女主人の目を盗んで隣に座りニャアと鳴いた。もしかして気がついてしまったのかもしれない。
▲弁天町交差点すぐ近く。埋蔵文化財を発掘調査中だという現場。
沼がなくなりつつあるということは、私も死につつある由。
私の死体を見つけて沼に捨てて欲しい。けれどその沼の上にはすぐにマンションが建ち、そ知らぬ顔で御婦人が住まい、昼はティーを飲み、瑕疵でノイローゼの子供たちは、お化けの私に糞をひっかける。
はたして「地平らにして天成る」(『書経』より)かな。
ツイート- 沼田小三
- 沼田小三(ぬまたしょうぞう)。古希に近づく昭和生まれ。日本各地の沼を巡る沼研究の第一人者。新宿区在住。
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