第七話
池袋駅の北口には、狭い路地を挟んでラブホテルが建ち並ぶ一角がある。
9月のある日の夜、どこからともなく漂ってきた金木犀の匂いが、ラブホテル街を歩く柏木の足を止めた。
あたりを見回しても、金木犀の木も花も見当たらない。恐らく、朽ちかけたように見える、今はもう営業していない旅館の塀の内側にでも、ひっそりと、金木犀がオレンジ色の小さな花を咲かせているのだろう。
最初にこの路地を通った時、柏木は、紫陽花が咲いていたことを思い出した。
それは、初めて黄金会館に行った日の翌日だった。
あれから3ヶ月経った今、柏木は、男たちから、「ゆきちゃん」と呼ばれていた。
男たちは、「純男」と呼ばれるカテゴリーに属していた。
「純男」とは、女でも、ニューハーフでも、女装でもない、普通の男という意味だが、同時に、ゲイでもないというニュアンスも、含んでいた。
純男は、普段は、女と付き合い、女とセックスしているが、好奇心や性欲が強過ぎる余り、時に、ニューハーフや女装子にも手を出してしまうし、ゲイの発展場に出入りすることもある人種である。
ゲイではない男のことを、ノンケと呼ぶことは、柏木も以前から知っていたが、「純男」という言葉は、発展場のサイトを見るようになって、初めて知った。
色白の柏木は、黒髪ストレートの、セミロングのウィッグが、よく似合っていた。
白地に黒のドット柄のついたキャミソールの上に、ニットのカーディガンを羽織り、レースの付いた白いミニスカートをはいた。
脚には、ニーハイソックスと、先の丸いパンプス。
路地を抜けたところに建つ雑居ビルの中に柏木が週1で通っている、DVDボックス「ミスト」はあった。
4階に、「ミスト」の受付と、貸し出し用のDVDが並ぶ棚と、借りたDVDを観るための個室が14室ある。
受付で、個室のキーをもらったのは、もはや童貞編集者の柏木ではなく、人気女装子のゆきだった。
ゆきという名前は、同姓のアイドルから取って、柏木が自分でつけた。
ゆきは、ビルの外階段を通って、5階に上った。
そこには、軽食とドリンクを出してくれるカウンターと、そのすぐ横に、ソファーが置かれた、ラウンジがあった。
5階には、その他にも、女装子に変身するためのメイクルームや、女装グッズの貸し出しコーナー、また、4階の個室よりも広目の個室が8室あり、廊下の突き当たりには、仮眠室もあった。
5階の個室は、女装子に優先的に割り当てられていった。
ゆきは、Cという個室に荷物を置くと、貴重品と、ローション、コンドームだけをポーチに入れて、カウンターへと向かった。
個室に外からは鍵は掛からないが、荷物の大半は、男物の下着や服だから、盗まれる心配はない。
カウンターに座ったゆきは、たちまち、ラウンジにいた3人の純男たちの視線の餌食になっていく。
男たちの視線は、まず、露出しているゆきの太ももに絡みついた。
次に、チラッとゆきの顔を見た男たちは、つま先から頭までを、舐め回すように眺めていく。
ゆきが、わざと脚を組み替えると、男たちの頭が一斉に動いた。
ゆきは、男たちが、自分のパンチラを見ようとしていることが、とても心地よかった。
今、ゆきとして、黄金会館に行ったなら、他のオカマ、いや、女装子よりも、モテる自信はあった。
ミストに行く日の朝、柏木は、店のサイトの掲示板に、来店予告の書き込みをして、前回女装した時の写真を添付する。
仕事が終わると、新宿の女装サロンで化粧をして、服を着替え、ゆきになる。
3ヶ月前は、2時間で2万4千円の料金を払い、プロの手で変身させてもらっていたが、今は、ロッカーとメイクルームを使っているだけで、メイクは全て自分でできた。
それでも、地下鉄副都心線に乗って、新宿三丁目から、池袋へ向かう間は、恥ずかしくて、顔を上げることはできなかった。
地下鉄の中で、ゆきはスマホを片手に、自分の書いた来店予告へのレスをチェックする。
複数の純男から、「ラウンジでお会いしたいです」、「アラフォーのサボリーマンですが、よかったらお話ししませんか」といった書き込みが、いつも10件近くはあった。
今日も、8人の純男からレスがあったから、今ラウンジにいる3人の中にも、レスした男がいるかも知れない。
ゆきは、カウンターに座ってスマホを覗き込みながら、勇気ある純男から声が掛かってくるのを待った。
ミストに来れば、必ずナンパされるわけではなかった。
黄金会館のように、寝た振りをしていれば、勝手に手が伸びてくるようなことも、もちろんなかった。
女装子のカラダを弄びたいと思ってミストに来た純男も、いざ、女装子を目の当たりにすると、緊張して声を掛けることがなかなかできない。
その時、ゆきは、スマホのガラスに、男の影が映り込んだのが分かった。
ドキッとして、後ろを振り返ると、日焼けした肌に、チェックのシャツを着た中年男が、「キレイですね」と、話し掛けてきた。
それは、カメラマンの有田だった。
「ゆきさんですよね。掲示板にレスした、カズです」
有田は、物腰柔らかにそう言った。
ゆきは、無意識のうちに、右手で鼻の頭を摘んでいた。
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- 志井愛英
- 小説家。昭和41年生まれ。同性愛者、風俗嬢、少数民族、異端芸術家など、マイノリティを題材にした作品が多い。一部の機関誌のみでしか連載しておらず、広く一般に向けた作品は本篇が初。
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- 第十一回 「ジ・オナホポエム 〜 オナホパッケにおける文章の力」
- 第十二回 「パロディホール」
- 第十三回 「第二部 序文」
- 第十四回 「皮オナ期のちんちんへ」
- 第十五回 「奨学金をオナホにつぎ込んだエロ大学生」
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- 第十七回 「ハルミデザインズとアメリカ製Real Dollのラブドール」
- 第十八回 「ココナツオナホ」
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- 第二十回 「家電でオナマシン【GuWOOO】」
- 第二十一回 「コバヤシ君」
- 第二十二回特別編 「器具田教授に17の質問」
- 第二十三回 「アダルトVRフェスタ」
- 第一回 「マリークワントとツィッギー」
- 第二回 「麻生真美子」
- 第三回 「皇太子ご成婚報道パンチラ 田丸美寿々」
- 第四回 「スカイマークのミニスカ制服」
- 第五回 「キャサリン妃、至る所で捲れ上がるスカート」
- 第六回 「熟女ミニスカ推進派の星、 NHKアナ有働由美子、再び勝負しろ」
- 第七回 「美脚パンチラの闘士、米倉涼子 期待を裏切らない超ミニ・パンチラ」
- 第八回 「元宝塚、和央ようか46歳、 先輩女優を凌駕する 貫禄の激烈ミニ&悩殺パンチラ」
- 第九回 「菜々緒、プールでビキニのお約束ポーズよりも数倍エッチに悩殺、ビキニとミニスカのコラボ」
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- 第二十七回 「2016世相ブラ発表 あまりにも下半身がなおざりですよ」
- 第二十八回 「アメリカのアイスホッケーは肉弾戦だが試合途中の氷上整備は超ミニで息抜き」
- 第二十九回 「伊勢谷友介と破局してから やっぱりエロ全開の長澤まさみ」
- 第三十回 「ザイナ・ドリディと三田佳子」
- 第一回 「私のネタ作り」
- 第二回 「外でシコる」
- 第三回 「死者でシコれるか」
- 第四回 「偽装問題」
- 第五回 「人間に生まれて」
- 第六回 「息子がシコりまくっていたら」
- 第七回 「乳を吸うのはかっこ悪い?」
- 第八回 「Facebook」
- 第九回 「女に生まれ変わったら」
- 第十回 「シャブSEX」
- 第11回 「ワールドカップ」
- 第12回 「夏場は特にお気をつけください」
- 第13回 「ここにキスして」
- 第14回 「心霊写真」
- 第15回 「抜き差しならない」
- 第16回 「マンコ」
- 第17回 「ニュース」
- 第18回 「細い脚」
- 第19回 「マン毛」
- 第20回 「娘がヤリマンだったら」
- 第二十一回 「オナニー」
- 第二十二回 「ヘヴィメタル」
- 第二十三回 「便意」
- 第二十四回 「妄想SEX」
- 第二十五回 「報道被害」
- 第二十六回 「春画」
- 第二十七回 「夢精」
- 第二十八回 「再生」
- 第二十九回 「抱負」
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