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第一回 「綿100%、ピコレース付きの純白パンツ」

人生も折り返し地点を過ぎ、未来を語るより過ぎ去った日々を回顧することが多くなった。最近では過去の記憶さえ曖昧模糊としている。老化の初期症状だろう。一晩寝る度に枕に付着する頭髪のように、記憶の一部が日ごとに抜け落ちて行く。

ここでは私自身が20代〜30代前半に体験した出来事を記していくが、今これを読んでいる皆さんにとってプラスになる要素は、まず無い。個人的な備忘録、この世界からフェイドアウトしつつある男の戯言と思ってもらえればちょうどいい。

1993年から2005年まで、私は某ブルセラ雑誌の編集に携わっていた。12年もエロ本を作っていれば、モデルの何人かと恋仲になったりもする。結果、それ相応のトラブルも抱える。ここ数年、何かと世間を騒がせている不良グループに詰められたこともあった。世の書き手の中には、その手のエピソードを盛りに盛って無頼派を気取る輩もいるが、私にとってそんな出来事は、さっと手で払えば一瞬で忘れてしまう、それこそ枕の上の抜け毛のようなものだ。

私の記憶の中にいつも燦然と輝いているのは、人気モデルでも親しいスタッフでも数々の事件でもなく、一枚のパンツの存在である。綿100%、ピコレース付きの純白パンツだ(以下、ピコパンと略す)。私は決して下着フェチではないが、ピコパンには特別な思い入れがある。制服系のグラビア撮影では、毎回モデルに着用させていた。端から見ればそれはルーティンワークに思えたかもしれないし、「今の女子校生はこんなパンツ穿かないッスよ」と指摘されたこともある。だが、グラビア撮影というのは、ある種のファンタジー性を保ちながら作っていくもので、そこに中途半端なリアリティを加味しても、大概良い結果は生まれない。プロレスのリングでMMA「風」の試合を行ったところで、観客が白けてしまうのと同じだ。武藤敬司対ペドロ・オタービオ戦のように。肝心なのは「何を見せるか」ではなく、「どう見せるか」なのだ。

話をパンツに戻す。直置きしたピコパンは、手のひらにすっぽり収まるほどのサイズで、生まれたての仔猫のように愛らしい。手触りはソフトで繊細だ。そのフォルムは一見頼り無く見えるのだが、少し太めのモデルが着用する際にも驚くべき伸縮性を発揮し、見事にフィットする。また、生地は薄手なので、光の角度によっては、うっすらと陰毛が透ける。この透け具合がまた絶妙で、気のせいかと思えなくもない。そのファジーさもまた、エログラビアを作るうえで重要な要素なのだ。何でもかんでもストレートに見せればいいわけじゃない。だからアレだ。シースルー素材のパンツを、私は決して認めない。

股上は浅めに作られているので、陰毛が上からハミ出すことも多い。ごく少数の照れ屋なモデルが何度も陰毛をパンツに押し込む姿は、どこか可笑しく、可愛くもあった。加えて、クロッチ部分も薄手に作られているので、マンコの形状やスジ、柔らかさを最大限に表現でき、何よりもマン汁の染みが伝わり易いのだ。

そう。前述した「どう見せるか」というポイントにオールラウンドに対応出来たのが、このピコパンだったわけだ。

それだけ愛着していれば「自分で穿いてみたい」「一度モデルの気持ちになってみたい」と思うのは当たり前だ。私は一枚のピコパンを自宅に持ち帰り、着用してみたことがある。だが、鏡に映った自分の姿を直視することは出来なかった。玉袋はだらしなくハミ出し、亀頭を滑稽な顔を覗かせている。それでも私はグラビア定番のポーズ(脚を崩し、胸を寄せたりとか)にチャレンジしてみたり、口端から舌を出しつつウインクなどもしてみたが、醜悪さは加速していくだけだった。当然だ。結局、パンツを穿いてゴミ箱に捨てるまで、1時間もかからなかったと思う。そこはかとない淋しさを感じつつ、このパンツがフィットする女体は、やはり美しく偉大だと思ったのだった。

住吉トラ象
元エロ本編集者。現在は派遣労働者。60~70年代のソウルミュージック、イイ女のパンツが好きです。座右の銘は「ニセモノでも質の高いものは、くだらない本物よりずっといい」(江戸アケミ)

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