第九回 「恋のシュビドゥパンツ」

 

 以前勤めていたアダルト系出版社に、Sという部下がいた。

 年が9つ離れていたためジェネレーションギャップを感じる事も多かったが、グラビアやビデオの撮影では類い稀なセンスを発揮し、その発想力には常に驚かされたものだ。そうした長所がある一方、Sには一般常識が著しく欠落しており、私はたびたび彼を叱責した。

 エロ本屋に常識など要らないじゃないか、と言う人もいるかもしれない。事実、私も何人かの同僚に「エロを生業にするには、真面目過ぎる」と指摘されたことがある。

 女とセックスを商品にする以上、作り手も私生活でハメを外さないといけない、ということらしい。だが、彼ら自身が語る「ハメを外した」エピソードは、「一週間酒を飲み続けた」だの「一晩に街娼を3人買った」だの、どれも実につまらないものだった。受験から解放されて気が大きくなった大学生ならともかく、いい大人がそんな些末なことを得意気に語る光景に、内心辟易としたものだ。

 少々話が脱線した。Sの話だ。Sは私が会社を辞めた3ヶ月後に退職し、主にアイドルのイメージビデオを扱う映像制作会社に転職した。その祝いも兼ね、私たちは居酒屋で近況を語り合った。2006年の夏の話だ。Sが就職した会社は社員が5人の小所帯だが、社長が芸能事務所に太いパイプを持ち、撮影しているのは一線級のタレントばかりだという。Sも新しい仕事にやりがいを感じているようだ。かつての部下が自分の長所を最大限に活かせる職に就いたことを、私も素直に嬉しく思った。私たちは改めて乾杯して、和やかに酒を酌み交わした。Sの口から次の言葉が発せられるまでは。

「●●●●(当時、そこそこ人気があったアイドル)のパンツが、ガビガビに汚れてたんですよ」

 ハウススタジオにはスタジオマンが常駐せず、機材の搬入と搬出にしか立ち会わないことが多い。屋外の撮影にスタッフ全員が同行するとスタジオが無人になってしまうので、大概は下っ端をスタジオに残す。この日は新人のSが留守番を命じられたという。自分以外に誰もいないスタジオ。そこでSが取った行動は、常軌を逸したものだった。

 何とメイク室に侵入し、●●●●の私物のパンティを探し、クロッチを広げて見たというのだ。私もエロ本屋時代にモデルが着用したパンツを持ち帰ったことはあったかもしれないが、それはあくまでも衣装だ。始めから私の物なのだ。私物とはワケが違う。Sが●●●●の汚れたクロッチを眺めてニヤけている姿を想像し、えも言われぬ感情が込み上げてきた。私の動揺を余所に、Sは「興奮したっす」と、下種な笑みを浮かべている。

「お前は何をやっているんだ!」
 隣りの席に座っていたカップルが一瞬びくっと驚き、こちらを見た。私は久しぶりにSを叱責した。声が上ずっていたかもしれない。Sはきょとん、としている。

 私は静かに息を吐き、今度は隣りの客の迷惑にならないように、声をひそめて言った。
「何故すぐ俺に写メを送らないんだ」

 有名アイドルのパンツを直に、それもクロッチを見られる機会など一生に一度あるかどうかの奇跡的瞬間だ。そんな場面に遭遇したら、すぐに写真を撮り、親しい人間に(特に世話になった先輩には真っ先に)写メを送るのが常識だろう。だがSは写真すら撮っていないのだから、呆れるほかない。

 ただ自慢話を聞かせ、私に一体どうしろというのか。Sを問いつめると、「写真はちょっと…。証拠を残すとまずいので」などと言う。馬鹿野郎。送信した後、すぐに削除すれば済むことだろう。何故そんな簡単なことが分からない。とはいえ、過ぎたことは仕方無い。私はSに今後の撮影スケジュールを聞いた。すると、一週間後に■■■■の撮影があるという。私の体に電流が走り抜けた。

 ■■■■といえば、絵に描いたようなロリータ風のルックスと特異なキャラクター設定を武器に、連日バラエティ番組に出演しているトップアイドルだ。私はすかさず■■■■の生パンツを撮影してくるように命じた。だが、Sは首を縦に振らない。「前回はたまたまメイク室に入れただけで、今回は無理です。それに■■■■の事務所はかなりヤバいので、バレたら殺されます」などと言う。

 何だお前は。何を言っているのだ。何も写真をSNSに投稿しろと言っているのではない。前と後とクロッチをベストアングルで撮り、私にメールする、それだけのことではないか。一時間ほど説得を続け、Sはどうにか了承した。だが。どこか覇気の無い表情をしている。私はSに復唱させた。前、後、クロッチ、すぐメール。前、後、クロッチ、すぐメール。そうだ。それでいい。

 一週間がたち、私はさっそくSに電話を掛けたが、繋がらない。翌日も、その翌日も、Sは電話に出なかった。留守電に「至急折り返すように」と吹き込んだが、それでも返信は無い。日が経つにつれ、私の妄想は膨張する宇宙のごとく肥大していく。なんとか星から来たとか、ああいうキャラに限ってパンツは意外に…。いや、逆にイメージ通りのロリテイストかも…。そして肝心のクロッチは…。そんなことを考えていると、仕事がまったく手に付かない。一体Sは何をやっているのだ。

 Sが電話に出たのは、それから1ヶ月が過ぎた頃だ。社会人としての心構えが根本から欠けている、と思わざるをえない。報・連・相の大切さを一から叩き込んでやろうとも思ったが、今はそれどころではない。怒りを押し殺し、単刀直入に私は言った。

「写メは?」

 3~4秒の沈黙の後、受話器から聞こえた言葉は「すいません」だった。…は? お前、まさか? 私の言葉を遮るように、Sが続けた。

「会社辞めちゃったんです、1ヶ月前に。なので■■■■の現場も行ってないんです」

 私は心の底から呆れた。どんな理由があったのか知らないが、この大不況だ。せっかく入った会社を2ヶ月で辞めるのは計画性が無さ過ぎるし、いきなり辞められた会社の人間も困るだろう。だが、一番困るのは私だ。私との約束はどうしたのか。せめて約束を果たしてから辞めるのが筋ではないか。ひとしきり説教をした後、最後にSに忠告した。

「お前ね、約束一つ守れないようじゃ、どこに行ってもやっていけないよ。社会はそんなに甘くないんだ」

 電話を切り、私は深く溜め息をついた。この1ヶ月は一体何だったのだ。

 

 その晩私は■■■■のイメージビデオを見ながら自慰に耽ろうとしたが、どうにも集中出来ない。理由は明白だ。本来入手するはずだったパンツ画像のことばかりが、頭に浮かんでしまうのだ。私は再びSに電話をした。

「やっぱりお前は絶対アイドルビデオの仕事が向いている。俺もネットで求人を探してみるから、良さそうな会社があったら連絡するよ。どこかに入れたら、今度こそ頼むな」 

 Sは気の無い返事をしていたが、再就職の世話までしようとする私に、内心は感謝していたのではないだろうか。
 

 あれから8年が経った。当時のSの電話番号は現在使われていないし、Sから電話が掛かってきたことも無い。彼が今、どこで何をやっているのか、風の噂すら聞かない。それでも私は、ある日突然Sからメールが送られてくる気がしてならない。「ついに撮りました!」という文面とともに、旬のアイドルのパンツ画像が添付されたメールが。クロッチには可愛い顔には似合わないワイルドな染みが付着している。そして私とSは、再び信頼関係を取り戻すのだ。いや、その可能性は限りなく低いと分かってはいるのだが、心のどこかでSを信じている自分がいるのだ。かつて同僚が私に言った「真面目過ぎる」という言葉は、私のこういう面を指していたのだろう。彼らの指摘もあながち的外れではなかったのだ。

 

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本文と写真の人物に関係はありません。

 

住吉トラ象
元エロ本編集者。現在は派遣労働者。60~70年代のソウルミュージック、イイ女のパンツが好きです。座右の銘は「ニセモノでも質の高いものは、くだらない本物よりずっといい」(江戸アケミ)

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